企画展 [大正期、再興院展の輝き]

-日本画創造の苦悩と歓喜-
大正期、再興院展の輝き

企画展 [大正期、再興院展の輝き]

横山大観 《群青富士(部分)》 大正6~7年(1917~1918)頃 静岡県立美術館蔵

開催期間 2009年11月1日(日)― 2009年12月13日(日)

明治31(1898)年に岡倉天心によって創設された日本美術院。横山大観や菱田春草らの新鋭画家たちが、新しい「日本画」の創造に邁進しました。その後、明治40(1907)年には、国家が主催する文部省美術展覧会(文展)が開設され、天心や大観はその審査員に任命されますが、文展との関係は決して良好なものではありませんでした。大正2(1913)年9月に天心が没すると、大観は活動休止状態にあった日本美術院の再興を企図します。そして翌大正3(1914)、下村観山や木村武山、安田靫彦、今村紫紅を中心として日本美術院は再興されました。
  本展では、再び「日本画」を切り開こうと努力した個性豊かな画家たちが苦悩し歓喜した大正の熱き時代を、出品作を中心とした名品約130点でたどります。

※会期中11月24日(火)に一部展示替えを実施します。展示リストはこちら(PDF: 143KB)をご覧ください。

 

1. 院展再興の立役者たち

  大観、観山、武山ら前期日本美術院メンバーに靫彦と紫紅ら若手実力者が加わり、その団結力と作品の高い芸術性によって、再興院展は組織的にも精神的にも安定していった。

2.紫紅と院展目黒派

  今村紫紅が目黒で主催した「赤曜会」。若手を中心とした院展の別働組織は目黒派と呼称され、南画や西洋画を研究し、展覧会を開くなど活発な活動を展開した。

3.写実表現の追求

  岸田劉生が洋画で試みた細密な写実的表現は大正の多くの画家に影響を与えた。日本美術院の中では、速水御舟の試みた写実表現が、この時期の日本画に特異な展開を示した。

4.個性の表現

  伝統主義的画家たちに対して、冨田渓仙、小川芋銭、北野恒富、川端龍子、郷倉千靱、酒井三良らは古典的イメージを払拭した自己表現を追い求めた。

5.水墨表現の新展開

  大正期の水墨表現は、日本の古典的なものに発するものと、西洋画の影響によるものとがあいまって一体化し、新たな展開をみる。

6.新しい古典の創造

  大正も後期になると、個性的表現が重視される一方で、中国絵画や大和絵などの古典作品を見直す復古的な動きも顕著となった。

主 催: 栃木県立美術館、滋賀県立近代美術館、朝日新聞社 
協 賛: 東武宇都宮百貨店
後 援: 下野新聞社
横山大観
《矢走帰帆》
大正7年(1918)頃
滋賀県立近代美術館蔵
下村観山
《春雨》
大正5年(1916)
東京国立博物館蔵
安田靫彦
《二少女》
大正11年(1922)
東京国立博物館蔵
今村紫紅
《柿の秋》
大正4年(1915)頃
滋賀県立近代美術館蔵
小林柯白
《道頓堀の夜》
大正10年(1921)
大阪市立近代美術館建設準備室蔵
速水御舟
《洛北修学院村》
大正7年(1918)
滋賀県立近代美術館蔵
小茂田青樹
《茶の花》
大正8年(1919)
さいたま市立浦和博物館蔵
小茂田青樹
《山兎》
大正10年(1921)頃
埼玉県立近代美術館蔵
小川芋銭
《水魅戯》
大正12年(1923)
茨城県近代美術館蔵
北野恒富
《鏡の前》
大正4年(1915)
滋賀県立近代美術館蔵
小川芋銭
《沼地四(沼四題)のうち檜原》
大正11年(1922)
愛知県美術館(木村定三コレクション)蔵
小林古径
《機織》
大正15年(1926)
東京国立近代美術館蔵