コレクション展

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Collection 3 川上澄生の世界

川上澄生《初夏の風》1926年

開催期間 2021年10月23日[土]- 12月26日[日]

 栃木県立美術館は、1972年に開館し、来年には50周年を迎えます。そこで、開館以来、最も深いつながりのある美術家の一人、川上澄生の世界を特集展示します。
 横浜出身で、1920年代以降を宇都宮に暮した川上澄生(1895~1972)は、教員生活の傍ら木版画などの創作活動に励み、人々から親しまれてきました。
 現在、当館所蔵の川上澄生作品は、版画を中心に全体で1,000点を超えています。その大部分はご遺族から譲り受けたものです。開館翌年に館長に就任した塚田泰三郎は民芸運動家で、戦前から川上澄生と親交があったこともコレクション形成に大きくかかわっています。さらに、川上澄生の弟子たちからの作品寄贈などによって膨大なコレクションを築いてきました。そうした縁は、川上澄生自身の愛すべき人柄と作品によってもたらされたといえます。その後、館では代表作の《初夏の風》(1926年)なども購入し、今日に至っています。
 コレクション展Ⅲでは、このような川上澄生作品の名品と、館の草創期のコレクションなどを展観します。

川上澄生 略年譜

1895年 4月10日、横浜に生まれる。本名は澄雄。父は現在の神奈川新聞の記者。
1898年 父の退職に伴い、一家は東京へ転居。
1915年 母、療養先で他界。
1916年 青山学院高等科卒業。
1917年 父、再婚。父の勧めでカナダのヴィクトリアへ渡航。
1918年 シアトル経由でアラスカへ渡り、鮭缶詰工場で働く。 弟の夭折を知り、帰国。
1921年 宇都宮中学校(現・宇都宮高等学校)に英語教師として赴任。
1922年 第4回日本創作版画協会展に《黒き猫》が初入選。
1923年 関東大震災により横浜の実家被災。
1926年 第5回日本創作版画協会展に《初夏の風》など入選し、棟方志功が感銘を受ける。
1933年 塚田泰三郎(後の栃木県立美術館館長)と知り合う。
1938年 小坂千代と結婚。
1942年 宇都宮中学校を退職。
1944年 戦禍の中、『時計』(アオイ書房)など多数の木版画本を制作。
1945年 妻の実家のある北海道へ疎開。
1949年 宇都宮へ戻り、宇都宮女子高等学校の講師となる。
1958年 宇都宮女子高等学校を退職。
1967年 勲四等瑞宝章。
1972年 4月に妻、千代他界。9月1日、心筋梗塞のため急逝、享年77歳。
1972年 11月3日、栃木県立美術館が開館、翌年「川上澄生 その全貌」を開催。

開催場所: 常設展示室1・2階
観覧時間: 午前9時30分から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
休館日: 月曜日
*詳しくは[ カレンダー ]をご覧ください。
観覧料: 一般 260(200)円、大高生 120(100)円、中学生以下無料
*企画展観覧券でコレクション展もご覧いただけます。
*( )内は20名以上の団体料金
川上澄生
《黒き猫》
1922年頃
川上澄生
『時計』
1944年

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