石川寒巌

[ 1890 - 1936 ]

ISHIKAWA, Kangan
石川 寒巌
石川 寒严
이시카와 칸간

1890 栃木県那須郡黒羽町(現在の大田原市)に生まれる。本名、寅寿
1909 大田原中学校卒業後、絵画修業のため上京
1910 帰郷
1911 この頃から西那須野の雲照寺に参禅し、釈戒光の感化を受ける
1918 日本南画会に入会
1920 再上京し、小室翠雲に入門する
1924 日本南画院の院友に推挙
1925 日本南画院の同人に推挙
1926 この頃から、小杉放菴や大山魯牛らと交遊
1935 急性盲腸炎で入院、自宅療養中に帝展無鑑査選出の報を聞く
1936 盲腸炎再発、死去

主な作品

日本橋浜町河岸 1910(明治43)年
松林図 1924(大正13)年
煙雨 1925(大正14)年
山村暮秋 1926(大正15)年
蓬莱仙境 1930(昭和5)年頃
子牛 1931(昭和6)年
永春 1934(昭和9)年